ニューロダイバーシティ(神経多様性)という考え方
◯多様性を尊重する教育への変化
近年、多様性を尊重する社会への動きが進み、学校教育の現場でも「学習の個性化」や「指導の個別化」など、子供たち一人一人の特性を尊重した授業が広がっています。令和5年6月に閣議決定された新たな教育振興基本計画にも、「支援を必要とする子供の長所・強みに着目する視点の重視、地域社会の国際化への対応、多様性、公平・公正、包摂性(DE&I)ある共生社会の実現に向けた教育を推進」と明記されています。
◯ニューロダイバーシティとは
ニューロダイバーシティ(神経多様性)とは、ニューロ(脳・神経)とダイバーシティ(多様性)という2つの言葉が組み合わされて生まれた言葉です。この考えは、発達障害の当事者によって提唱された考え方です。人には得意不得意があるということを理解するとともに、それを多様性の見え方の一つとして考えるものです。苦手なことがあると生活に支障をきたすこともありますが、そうした困難も人間の多様性の一部と捉え、互いに支え合って生きていこうというのが、ニューロダイバーシティの考え方です。
◯私たちの日常から考える多様性
私たちは誰しも、「得意なこと」もあれば「苦手なこと」もあります。「ピアノをひくのが好き」「本を読んでいる時間が幸せ」「ゲームなら負けない」もあれば、「漢字は嫌」「まぶしい場所は疲れる」「競争したくない」だってあります。一人一人が、たくさんの「得意」や「苦手」を持っていて、それら一つ一つの程度や広がりにも違いがあることで、誰でもない「自分」という存在になっています。それぞれが「自分」の力を発揮しながら、互いの「得意」や「苦手」を認め合っていくことで、誰もが「自分らしく」いられます。
◯社会での支え合い
大人になっても、それぞれの特性に応じて仕事や日常生活で活躍したり、時には助けを借りたりしながら生きていきます。例えば、書類作成が苦手な人は同僚にチェックをお願いし、逆に自分の得意な分野で周囲をサポートするといった相互援助が社会では当たり前に行われています。ニューロダイバーシティは、このような一人一人の特性を「障害」として否定的に捉えるのではなく、人にはそれぞれ異なる特性があるという前提に立ち、お互いを理解し、支え合いながら共に生きる社会を目指す考え方です。
◯子供たちの学びを支える環境づくり
小学4年生の山田くんは文字を書くことに困難があって、書いて考えをまとめたり、伝え合ったり評価を受けたりという体験ができない中で、学習への意欲を失っていました。タブレットを使って、書く活動を入力で補えるようになったことで、参加できる授業場面が増えています。特に、今までは観察の記録ができず、興味があるのに投げやりになりがちだった理科の授業では、写真や気づいたことのメモを元に意欲的に発言し、自信をつけたようすが伺えました。学校では、そんな山田くんに対して、学習場面に応じて方法を選択できるようにするといった動きもあり、理解が広がっています。このように、子供たちの学びの中でのつまずきや困難を、「できない」と「子供の側の問題」として評価するのではなく、その子の学びやすさを探って「方法」の選択肢を増やしたり、そうしたさまざまな学習へのアクセスの方法があることを認め合ったりできる環境があることが大切です。
一人一人の違いを認め合い、互いの長所を活かせる関係づくりが、これからの共生社会につながっていくのです。
学びのつまずきの原因を探る
「できない」という壁を乗り越えるために、原因を理解し方法を選ぶ大切さ
かつては、できないときは同じやり方で繰り返すのが一般的でしたが、それでは学ぶ意欲を失う子供もいます。実際には、「できない」にはそれぞれ原因があり、それに合った対処法を見つけることで、壁を乗り越えることができます。
「できない」という困りごとは子供によって異なります。原因を理解せずに同じ練習を続けても、効果は上がりません。大切なのは、子供自身が原因を見つけ、合った方法を選べるようになることです。
読むことの学習例:自分に合った方法を選ぶ
「読む」だけでも、様々な方法があります。子供が自分に合ったやり方を選ぶことで、学びのつまずきを乗り越えることができます。
•先生や友達の音読を聞きながら読む
•音読をまねして読む
•一人で声に出して読む/黙読する
•線を引きながら読む
•指でなぞる、文の区切りに印をつける
•漢字にルビをふる、物差しを使って読む
•スリットで読む場所を絞る
•タブレットの読み上げ機能を使う
•文字を拡大する/縦書きを横書きに変える
•ハイライトで読む場所を強調する
例えば、文字を読むのが苦手な子が、タブレットの読み上げ機能を使って音と一緒に文字を追うことで内容が理解できるようになったり、行を飛ばしてしまう子がスリットや物差しを使うことで集中して読めるようになったりするなど、工夫ひとつで変化が生まれます。こうした経験を通して、子供が「この方法だと読みやすい」「これならわかる」と自分に合った方法を見つけ、選べるようになることが大切です。学び方を自ら選び、工夫していく力を育むことが、学びの自立へとつながります。
自分から学びを作る ― 出された宿題と、好きなことに取り組むこと ―
ダンスのレッスンは欠かさずに通う、早朝から野球の練習には取り組むけれど、学校の宿題はできない、という子供がいるといいます。学校の授業と関連した宿題には関心が向かないことが多く、特に学んだことを身につけるための復習や練習問題、ドリルなどは先生から課せられるという外側からの圧力を感じる(外発(がいはつ)的動機づけ)ため、負担に感じてしまうのです。自分からやりたい活動は、その学ぶ内容が動機の元になる(内発(ないはつ)的動機づけ)ため、少しぐらいつらいことでも取り組もうとします。
一方で、学校の宿題にいくらか前向きに取り組む子供もいて、その場合の動機は、テストがあるからとか、できないとはずかしいからというような、みんなと違うことに不安を感じて取り組む場合と、自分にとって将来に役立つからとか、努力することが大事だから取り組むという場合があります。これらは、好きだから取り組む内発的な動機ではなく、いずれも外発的な動機ですが、実際に取り組めば、それだけ学習したことの定着は進みます。マレーシアでは保護者の教育熱が高いこともあり、何かしらの学習活動を、放課後に取り組む子供が多いそうです。自分から学ぶという習慣が育っていて、特に英語の習得は、国の方針もあり積極的に学んでいます。
また、熱中するものがないという子供には、内発的な動機が生まれないのかというと、そうでもありません。ときどき、授業の中でおもしろいと感じたり、家に帰っても学校で習った歌を歌っていたりする場合は、先生の話や教科書の内容に引きつけられた動機が、子供の内側に芽生えたときです。この場合は、関心のない教科の内容に比べて、記憶に残ったり成績がよかったりするものです。
もう一つ、習い事やスポーツ活動、それに地域の様々な活動には、授業だけでは身につかない、ねばり強さ、考え抜く力、役割を理解して果たす力、自分から相手に依頼する力などの、学んだ様々なことを活用する力(資質や能力)を育てる場面が多くあります。学校以外の時間で好きなことに取り組むことは、宿題で得られる能力とは異なる能力を育てる時間であり、これらの活動が、様々な能力につながると気づくことができれば、学びに向かう一つの動機になるかもしれません。
学習したことの復習と、授業に向かう予習
算数の計算問題や漢字のドリルの宿題が好きな子供は、あまりいません。出された課題を早く終わらせることに関心が向き、その多くが目的や達成度を意識せずに済ませてしまうからです。学習したことを、復習して使えるようにすることは、練習や繰り返しのドリルを淡々とこなすことでは効果が少ないそうです。新しく出てきた漢字や単語と、「関係のある語はどのようなものがあるか」を考えたり、「学習したことがなぜそうなるのか」など、根拠や理由も併せて説明できるようにしたりすることが大切です。「使えるようにする内容と、それまで学習したことをつなげる」ことや「自分の言葉で内容を説明できるようにする」と、復習の効果が上がるといわれています。
一方で、教科書を読んでわからなかったことを書きだしたり、自分の考えや課題を作成したりする予習の宿題は、主体的・対話的な学習方法の浸透とともに増えてきました。例えば、理科の温度の授業で、「部屋の空気はどのようにあたたまるのか。」という課題をたて、自宅で部屋の中の温度を測って考えをまとめる宿題があったとします。それは自分で課題を達成して、考えをまとめたノートやワークシートなどを授業で使います。授業は、グループなどでそれぞれの考えの交流から始めます。これが反転授業と呼ばれるもので、自分で作った考え(成果物)を元に学習が始められるので、友達の考えを聞いて、より広く視野をもつようになり、深い学びにつながるとされています。
これらの宿題は、学習全体の活動が見えていて、宿題の目的がわかっていることが必要です。目的を持たずに、出されているからしかたなく取り組む場合とは、大きく成果も違ってきます。
考えをまとめる、整理する ― 抽象化する、概念化する ―
主体的に学び取ったことを、自分の力でまとめたり整理したりする活動は、学びを深めるための見方や考え方を育むことにつながります。調べたことをそのまま表現するのではなく、調べる目的に沿って、自分の力で学んだ内容を文章や図に表現することで、学びの全体をつかむことができるようになります。
例えば、分数の計算を学習していて、練習問題が解けたら、分数の計算方法がわかっています。そこで、もう少し考える時間を取って、自分の言葉で分数の計算方法を説明する文章を書いてみましょう。「3分の1足す2分の1は、6分の2足す6分の3にして〜」などと個別の事例を具体的な数で説明するのではなく、「まず、分母を同じ数にするために〜」など、他の数の場合にも応用できる抽象化した言葉でしくみを説明します。文章で難しければ、例題を作ったり、図を使って分数の計算方法を説明したりするのです。こういう活動が、概念化という思考方法のひとつで、考えをまとめて、学んだことを確認するときに使います。違う方法や、違う問題などで学んでいても、この概念化した説明で、友達や先生と話し合えば、理解したことを確認することができます。
すべて自分の力で文章や図を作り上げることができなくても、グループやクラスの仲間の視点や工夫を相互に参照して表現できるようになる場合もあります。これまでは、調べたことをそのまま発表したり、練習問題を解けるようになったりすることが学びのゴールのようにとらえられていることがありましたが、これからは、学んだことを元に様々な考えや自分なりの見方を他者に表現し、意見をもらったり考えを広げたりすることが、本来の学力を育むことにつながると考えられています。
学習指導要領
全国のどの地域で教育を受けても、一定の水準の教育を受けられるようにするため、文部科学省では、学校教育法等に基づき、各学校で教育課程(カリキュラム)を編成する際の基準を定めています。これを「学習指導要領」といいます。
「学習指導要領」では、小学校、中学校、高等学校等ごとに、それぞれの教科等の目標や大まかな教育内容を定めています。最新の学習指導要領には、「子供たちが様々な変化に積極的に向き合い、他者と協働して課題を解決していくことや、様々な情報を見極め知識の概念的な理解を実現し情報を再構成するなどして新たな価値につなげていくこと、複雑な状況変化の中で目的を再構築することができるようにすることが求められている。」と記載されています。
学校の授業改善の推進として、「主体的・対話的で深い学び」の実現に向けた取り組みを進めています。
ふりかえり ― 学びの質を高める ―
授業の終わりに、その時間に学習した内容や感想を書いたり発表したりすることが多い「ふりかえり」。教師側での学びの「定着確認」や「把握」の目的で使われることが多いですが、本来は子供たちが、自分が何に気づき、次にどのように学ぶかといった見通しを立てるために使われるものです。また、授業の最初や途中で、関連のある内容を思い出すために振り返ってみることもあります。「ふりかえり」の内容には、簡単な順から、「したこと(活動)」「わかったこと・できるようになったこと」「どう学んだか・どうして学べたのか(学ぶことができた理由)」という種類があります。
「今日の国語では、登場人物の役に分かれて本文を読みました」というように、どんな活動をしたのかを振り返ったとします。これは、したことの記録は残りますが、その後の学びに参考になるとはいえません。そこで、「したこと」から、「わかったこと・できるようになったこと」を探して記録する(書き出す)ことで、「したこと(=体験)」が、別の場面でも使える「わかったこと(=経験)」として、言葉になって残っていきます。これが、その後の学びに使える「ふりかえり」ができたことになります。さらに、「このように考えたから、わかった」や「このようにしたから、できるようになった」ということを「ふりかえり」として記録していくことができれば、自分の得意な学び方や、改善方法も見えてくるようになります。この「ふりかえり」を活かして、子供一人一人が、自分に合った学び方を身につけてほしいと願っています。
学ぶと習う・教わる ― 似ている言葉を整理して学びについて考える ―
「学ぶ」という言葉は、具体的な学習内容を決められていない場面で使うことが多くあります。対象が人(○○先生に学ぶ)であったり、こと(○○さんの生き方に学ぶ)であったりするように、「学ぶ」という行為は、教科の内容を身につけることよりも大きく、自分から行動して能力を広げるイメージです。一方で、「習う・教わる」とはその内容が決まっていて,相手から指導してもらうことでこの活動は成立します。言い換えれば、習う内容がないと習うことはできません。「習う・教わる」活動で知識や技能を身につけるときにも、「これができるようになりたいから。」とか、「このことを知ったら、わからなかった問題が解決できるから。」というように自分で課題をもつことが有効です。学習指導要領で示されている、「思考力や学びに向かう力」は、習えば身につくのではなく、学習内容に対して「なぜ、どうして」という「問い」を立て、さまざまな学習活動を経験して高めていくものです。子供たちには、「自分から学ぶ」ことを繰り返すことで、「習う・教わる」を含めた「学ぶ」こと全体のイメージをもてるようになってほしいと願っています。
練習する・くりかえす ― 何を身につける時代なのか ―
学習活動で、「練習する・くりかえす」の効果は、多くの大人は理解しています。練習する、くりかえす、といったことが、技能や知識の定着に役立つことを経験的に知っているからです。一方で、「練習する・くりかえす」を必ずしも好きではない子供もいます。練習してできるようになると、練習する意味が理解できるようになります。練習が楽しいと、積極的に取り組むようになります。
例えば、ゲームでポイントがついたり、キャラクターが強くなったりすることは、楽しみながら失敗と挑戦を繰り返すことのしかけです。「練習する・くりかえす」の目的は、「無意識にできるようになること」です。「無意識にどんなことができるようになれば、その後の学びに役立つのか」といった、練習した後の姿が浮かぶようになると、励むようになるでしょう。無意識にできることで、より高度な学びや、表現ができるようになります。また、何を無意識にできる必要があるかは、社会の変化や技術の進化によって変わってきます。子供たちと一緒に、これからの時代に練習すべきことを考えてみませんか。
学びの活動を経験する
今の学校の教え方では、「何を学ぶか」だけでなく、「どのように学ぶか」も大事にしています。これを簡単に言うと、「自分で考え、みんなで話し合って深く学ぶ」ということです。学校では、子供たちが自分で問題を作り、調べたり話し合ったりしながら学ぶ授業が行われています。
例えば、社会の授業で水道の仕組みと役割について学ぶ場合を考えてみましょう。目標は、水道事業の全体を理解し、水の大切さを知り、その使い方を考えることです。この目標を達成するために、副読本や自治体の資料、ホームページなどで調べます。また、社会科見学に行って実際に施設を見たり、職員に話を聞いたりすることもあります。学校によってやり方は違いますが、「調べる」活動に時間をかけて行います。
しかし、調べたことをそのまま書くことがゴールではありません。調べたことを自分の言葉でまとめ、最初に考えた問題に対する答えを見つけることが大切です。
このような学びの活動にはいろいろな役割があります。活動と活動をつなげたり、行ったり来たりしながら考えや発表資料を作ります。これらの活動は、大人になって問題を解決するときにも役立ちます。
表現することで考える 発表や話し合いの役割
授業で発表や話し合いをすることが増えてきました。読んだり調べたりしたことを、そのまま答えるのではなく、そこから自分の考えを言ったり、作品を作って表現したりします。
このような授業では、一人でじっくり読んで考えたり、ノートに書いたり、教科書にマークをつけたりする時間が大切です。そのあとで、自分の考えたことや理由をグループで話し合います。
子供たちは話し合いを通して情報を交換し、問題を解決します。友達の考えを学ぶことで「お互いに学び合う」ことができます。話し合いをたくさんするクラスでは、学力テストの成績が上がっている(※1)ところもあります。それは、発表のために考えること自体が思考の練習になり、話し合いに参加することでさらに考える力が伸び、知識が深まるからです。
※1:谷川他:小学校国語科における“学習者用デジタル教科書”活用による学力変化, AI時代の教育論文誌, Vol.6, pp.8-15(2024) https://eduaiera.org/230068-2/